
【インタビュー】
牛田智大 ~ オール・ブラームス・プログラム リサイタル・ツアーに向けて
作曲家と作品に対する敬愛を感じさせる真摯な表現、楽曲を深く掘り下げ聴き手へと届ける構築力、そしてそれらを実現する高い技術を持ち合わせるピアニストの牛田智大。つねに自分に厳しく向き合い、挑戦と進化を続ける彼が、2026年に新しいプロジェクトに取り組む。東京芸術劇場コンサートホールや小金井 宮地楽器ホールをはじめ、全国のホールでブラームスの後期の小品集(Op. 116~119)の全曲演奏を行う。
―牛田さんにとって全曲ブラームスのリサイタルは初めてとなりますね。このタイミングでこの大作を弾こうと思われたのはなぜだったのでしょうか。
牛田:ブラームスは昔から大好きで、この演奏会も10代の頃からあたためてきました。ただ、若いうちに学ばなければならない作品はほかにもたくさんあり、また作品の信じられないほどの深さにまだ対応しきれないかもしれないという思いもあり...ようやく最近になって、初期の作品であるピアノソナタ第1番や第3番、中期の変奏曲、そしてオーケストラとはまだ共演していないもののピアノ協奏曲を勉強したことで、ようやく向き合っていけるかなと。今回演奏する4つの曲集は1892年から93年の短い期間に一気に書き上げられていて、いわば日記のような、ブラームス自身の感情の移り変わりが感じられるものになっています。全20曲をつなげて弾くことで見出せるものもあるのではないかと思います。
―どこかで「今なら」と思われたタイミングがあったのでしょうか。
牛田:実のところ10代はじめのショパンを多く弾いていた頃から「ブラームスが自分には合っているのではないか」と考えることはあり、マスタークラスなどでも言われることはありました。とはいえ当時はロシアの作品やショパンを学びたい気持ちのほうが強かったので「いつか落ち着いたら」くらいに考えていましたね。22歳くらいになって、音楽面でも精神面でも少し変化があり、そろそろ取り組んでみても良いかなと思えるようになったのです。初期・中期と学ぶにつれて、だんだんとブラームスのスタイルやテクニックをかみ砕く道筋が見えてきた気がしました。
―ロシア作品やショパンももちろんですが、シューベルトのピアノソナタなどを弾かれたことも、ブラームス演奏に影響があるのかなと思いました。
牛田:そうですね。実のところブラームスは、偉大な交響曲や室内楽曲を手掛ける傍ら、たくさんの歌曲を書いた作曲家です。彼が交響曲や室内楽曲においてベートーヴェンの後継者であったとすれば、彼は歌曲においてシューベルトとシューマンの系譜を継いでいます。そして彼のピアノ作品には、その特徴を異にするふたつの系譜が互いに交わる瞬間を強く感じます。
今回演奏する後期作品群の中心には「間奏曲」という独特なスタイルの存在があります。私はこれらを演奏するとき、ハインリヒ・ハイネの若い時期の作品である「悲劇、そして叙情的間奏曲集(Tragödien, nebst einem lyrischen Intermezzo)」との共通性を感じずにはいられません。愛の始まりと終わり、そして死を描いた、いくらか狂気を感じる作品です。
この若きハイネの強烈な詩は、シューマンの歌曲「詩人の恋 Op.48」を通して良く知られています。シューマンは歌曲を作曲する過程について「詩における言葉が持つ強さの裏に隠された人間の心の痛みを解放すること」だと考えていました。「新音楽時報」のなかで、ハイネ、バイロン、ユーゴーなどの詩人の名を挙げたうえで彼は次のように述べています - 「いまでも詩は悠久の歴史におけるいくつかの瞬間には、痛みに歪んだ顔をみせまいと皮肉の仮面を被ってきたのである。恐らくいまに天才の暖かい手によって解放してもらえるだろうと思うが」。
ブラームスの後期作品群もまた詩が内包する痛みと悲劇を、シューマンとはまた違ったアプローチで解放しようとした「言葉のない歌」のようなものなのかもしれません。
―今回演奏していただく4つの曲集、作曲時期は非常に近いですが、それぞれタイプが違う曲集ですね。
牛田:全部通すと、Op. 117の特別性が浮かび上がってくる印象があります。ほかの曲集は「間奏曲」が対応する作品と組み合わさっていますが、Op. 117では3つの「間奏曲」 - つまり「痛みの音楽」が繭に包まれることなく並んでいて、第1曲のエピグラフ(「安らかにねむれ、我が子よ。お前が泣けば、わたしの心はこわれてしまう」)で直接的な痛みに言及している点も異質です。
これらの作品群がブラームス特有の孤独に満ちていることは否定しないものの、実のところ(これは私の個人的な感覚でしかありませんが)これらの作品が「諦観」や「追憶」といった言葉とともに、まるで人生の終わりを目前にした音楽であるかのように語られすぎることには私は少し違和感をおぼえています。純粋に楽譜に書かれた音楽だけを見つめるとき、この作品群はどちらかといえば動的な印象を私にもたらします。それは死を目前にした諦めというよりは、むしろ晩年においてもなお失われていない情熱の表れのような感覚です。そういう方向性も含めつつ演奏できたらと思っています。
取材・文:長井進之介(ピアニスト/音楽ライター)
写真:友澤綾乃

作曲家と作品に対する敬愛を感じさせる真摯な表現、楽曲を深く掘り下げ聴き手へと届ける構築力、そしてそれらを実現する高い技術を持ち合わせるピアニストの牛田智大。つねに自分に厳しく向き合い、挑戦と進化を続ける彼が、2026年に新しいプロジェクトに取り組む。東京芸術劇場コンサートホールや小金井 宮地楽器ホールをはじめ、全国のホールでブラームスの後期の小品集(Op. 116~119)の全曲演奏を行う。
―牛田さんにとって全曲ブラームスのリサイタルは初めてとなりますね。このタイミングでこの大作を弾こうと思われたのはなぜだったのでしょうか。
牛田:ブラームスは昔から大好きで、この演奏会も10代の頃からあたためてきました。ただ、若いうちに学ばなければならない作品はほかにもたくさんあり、また作品の信じられないほどの深さにまだ対応しきれないかもしれないという思いもあり...ようやく最近になって、初期の作品であるピアノソナタ第1番や第3番、中期の変奏曲、そしてオーケストラとはまだ共演していないもののピアノ協奏曲を勉強したことで、ようやく向き合っていけるかなと。今回演奏する4つの曲集は1892年から93年の短い期間に一気に書き上げられていて、いわば日記のような、ブラームス自身の感情の移り変わりが感じられるものになっています。全20曲をつなげて弾くことで見出せるものもあるのではないかと思います。
―どこかで「今なら」と思われたタイミングがあったのでしょうか。
牛田:実のところ10代はじめのショパンを多く弾いていた頃から「ブラームスが自分には合っているのではないか」と考えることはあり、マスタークラスなどでも言われることはありました。とはいえ当時はロシアの作品やショパンを学びたい気持ちのほうが強かったので「いつか落ち着いたら」くらいに考えていましたね。22歳くらいになって、音楽面でも精神面でも少し変化があり、そろそろ取り組んでみても良いかなと思えるようになったのです。初期・中期と学ぶにつれて、だんだんとブラームスのスタイルやテクニックをかみ砕く道筋が見えてきた気がしました。
―ロシア作品やショパンももちろんですが、シューベルトのピアノソナタなどを弾かれたことも、ブラームス演奏に影響があるのかなと思いました。
牛田:そうですね。実のところブラームスは、偉大な交響曲や室内楽曲を手掛ける傍ら、たくさんの歌曲を書いた作曲家です。彼が交響曲や室内楽曲においてベートーヴェンの後継者であったとすれば、彼は歌曲においてシューベルトとシューマンの系譜を継いでいます。そして彼のピアノ作品には、その特徴を異にするふたつの系譜が互いに交わる瞬間を強く感じます。
今回演奏する後期作品群の中心には「間奏曲」という独特なスタイルの存在があります。私はこれらを演奏するとき、ハインリヒ・ハイネの若い時期の作品である「悲劇、そして叙情的間奏曲集(Tragödien, nebst einem lyrischen Intermezzo)」との共通性を感じずにはいられません。愛の始まりと終わり、そして死を描いた、いくらか狂気を感じる作品です。
この若きハイネの強烈な詩は、シューマンの歌曲「詩人の恋 Op.48」を通して良く知られています。シューマンは歌曲を作曲する過程について「詩における言葉が持つ強さの裏に隠された人間の心の痛みを解放すること」だと考えていました。「新音楽時報」のなかで、ハイネ、バイロン、ユーゴーなどの詩人の名を挙げたうえで彼は次のように述べています - 「いまでも詩は悠久の歴史におけるいくつかの瞬間には、痛みに歪んだ顔をみせまいと皮肉の仮面を被ってきたのである。恐らくいまに天才の暖かい手によって解放してもらえるだろうと思うが」。
ブラームスの後期作品群もまた詩が内包する痛みと悲劇を、シューマンとはまた違ったアプローチで解放しようとした「言葉のない歌」のようなものなのかもしれません。
―今回演奏していただく4つの曲集、作曲時期は非常に近いですが、それぞれタイプが違う曲集ですね。
牛田:全部通すと、Op. 117の特別性が浮かび上がってくる印象があります。ほかの曲集は「間奏曲」が対応する作品と組み合わさっていますが、Op. 117では3つの「間奏曲」 - つまり「痛みの音楽」が繭に包まれることなく並んでいて、第1曲のエピグラフ(「安らかにねむれ、我が子よ。お前が泣けば、わたしの心はこわれてしまう」)で直接的な痛みに言及している点も異質です。
これらの作品群がブラームス特有の孤独に満ちていることは否定しないものの、実のところ(これは私の個人的な感覚でしかありませんが)これらの作品が「諦観」や「追憶」といった言葉とともに、まるで人生の終わりを目前にした音楽であるかのように語られすぎることには私は少し違和感をおぼえています。純粋に楽譜に書かれた音楽だけを見つめるとき、この作品群はどちらかといえば動的な印象を私にもたらします。それは死を目前にした諦めというよりは、むしろ晩年においてもなお失われていない情熱の表れのような感覚です。そういう方向性も含めつつ演奏できたらと思っています。
取材・文:長井進之介(ピアニスト/音楽ライター)
写真:友澤綾乃